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おじいちゃん、さようなら。
お久しぶりです。
長いこと更新が滞ってしまいまして、申し訳ありませんでした。


先週の火曜午前0時47分、祖父(母方)が急死しました。

亡くなる直前の月曜日、祖父はその前に受けた検査結果を聴く為に、母や祖母らと共に病院へ行きました。
母から聞いた話によると、結果はあまり思わしくなく、翌日に医師が休日を返上してまで臨時検査をすることが決まったらしいです。
本来だと、そのまま入院することになったのかもしれませんが、祖父が断ったのか、病院のベットが空いてなかったのか、入院することにはならなかったそうです。

帰り道、祖父はかなり疲れていたそうで、さほど長くない家までの道程で何度も立ち止まってしまったり、食事中に居眠りをしてしまったりしていたそうです。
夕食後、母は福生に戻り、自分もサークルから10時半頃に帰宅、ラジオを聴いていると11時50分頃、突然祖母から「祖父が倒れた」という電話が。

大急ぎで搬送先の病院に到着した頃には、既に祖父は息を引き取った後でした。
祖父は入浴中で、音がしないのを不審に思った祖母が見に行ったところ、倒れているのを発見し、直ぐに119番通報したのですが、既に心配停止状態で、搬送中も心臓マッサージを行ったそうなのですが、息を吹き返すことはなかったそうです。
状況などから、入浴中に眠ってしまい溺死してしまったのかとも思われましたが、翌日死因を調べた結果「虚血性心不全」と診断され、肺にお風呂のお湯はなかったそうなので、安らかな最期だったものと推測されました。

祖父は狭心症の薬を服用していたことも判明し、だいぶ心臓が弱っていたところに、今回の通院は体力的にかなり厳しかったのかもしれません。

84歳の祖父は、男性の平均寿命も過ぎ、自分の死期が迫っていることを自覚していたのか、自分にもしものことがあっても祖母が苦労しないように、テレビを買い換えたり、ベットを購入したり、面倒なお金よりもモノで遺そうとしていたようです。
私が祖父に最後にあったのは、1ヶ月ほど前なのですが、ふとした拍子に説教をされてしまい、自分が鳥人間をしていることを知っている祖父は、

工学部にいるのであれば
飛行機を作るだけではなく
どうやったら飛ぶのかを考えて
飛行機を設計することが本分だ

ということを、延々と語ってくれました。
今思うと、この説教は、工学部というところに入った自分に対して、祖父が遺したかった言葉だったのでしょうね。

祖父は、周りの人間のことを考えてくれたかのような死に方で、倒れる直前には入浴を済ませて体はキレイでしたし、数日前には散髪にも行っていたそうです。
寝たきりになったり、認知症の傾向も現れることはなく、介護が必要になることは全くといっていいほどありませんでした。
自分が1日(しかも実験の試問だけ)しか大学を休まずに済んだのも、大学生活を心配していた祖父が、自分のせいで大学を休むようなことがあってはならないようにと考えてくれているかのようでした。

斎場で、祖父の遺体に初めて触れたのですが、死んだ人間というのは本当に冷たくなってしまうんですね。
冷たい体に触れたとき、初めて「あ、本当に死んでしまっているんだ」という実感が湧いてきて、それ以降、お通夜や告別式などで何度も祖父の顔を見る機会があったのですが、見る度に生きていた頃のことを思い出してしまい、まともに見ることができませんでした。

葬儀の一連の流れを初めて体験したのですが、出棺のとき、人間とはこんなにも涙を抑えられなくなるものかと思うくらい、涙が止まりませんでした。

おじいちゃん、84年間本当にお疲れ様でした。
安らかに眠ってください。
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2009'10'28(Wed)00:03 [ - 雑記 ]
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